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仙台家庭裁判所気仙沼支部 平成5年(家イ)6号 審判

申立人

甲野A子

申立人代理人弁護士

佐々木泉

相手方

甲野B子

相手方代理人弁護士

小野寺康男

事件本人

甲野C子

主文

一  事件本人が自由意思に基づいて申立人と面接し、申立人方を訪問しまたは申立人方に宿泊しようとするときは、相手方は、精神的束縛、不利益の告知、その他方法のいかんを問わず、事件本人と申立人との面接、申立人方の訪問または申立人方への宿泊を妨げる行為をしてはならない。

二  相手方は、事件本人に対し、申立人との面接を思い止まるように説得し、教示しまたは暗示を与えてはならない。

三  本件費用は、各自の負担とする。

理由

第一申立ての要旨及び本件の経過

一(申立ての要旨)

申立人は、「相手方は申立人に対し直ちに事件本人を引き渡せ」との旨の調停を求めた。その申立ての理由は、別紙に記載のとおりである。

二(本件の経過)

(1)  本件調停事件は、平成五年二月一七日、当庁平成五年(家イ)第六号調停事件として当庁に係属した。当裁判所は、家庭裁判所調査官による調査等を経たうえ、平成五年六月二八日に第一回の調停期日を開き、調停期日外で申立人と事件本人との面接の機会を設け、更に家庭裁判所調査官による調査を重ねたうえ、同年九月一三日に第二回調停期日を開いた。

しかし、当事者双方間で、本件事案に対する理解が根本的に異なっており、申立人は、相手方が事件本人との面接を有形無形の圧力によって阻害していると主張するのに対し、相手方は、特段妨害行為はなく、事件本人の気持ちが母親から離れてしまっているのだと主張している。

(2)  そこで、当調停委員会は、本件事案の特質や紛争の経緯等の事情に鑑み、家事審判法二四条所定の審判による解決を提案したところ、当事者双方から、この提案に対する了承を得た。

(3)  当調停委員会は、その後、評議のための準備的期日を開き、家庭裁判所調査官から意見を聴取したうえ、本件紛争につき、綿密な検討を加えた。

第二当裁判所の判断

一(本件の適法性について)

(1)  本件は、実父母の婚姻中に実父が死亡したため、実母が子の親権者となっていたところ、子の実父方祖母が子を拘束し、親権者である実母に引き渡さないとして、実母から祖母に対して子の引渡しを求めた調停事件である。

(2)  本件が実父母間の子の監護者の決定に関する事件ではない以上、本件は、家事審判法九条一項乙類四号所定の事件には該当しない。また、本件のような類型の事件につき特別に家庭裁判所の権限に属するものと認めた法規も見当らないので、本件は、家事審判法九条二項所定の事件にも該当しない(なお、人身保護法による救済請求事件は、家庭裁判所の事物管轄に属さない。)。

また、本件は、人事訴訟手続法一条及び二七条所定のいずれの訴訟事件の類型にも該当しないので、家事審判法一七条本文所定の「人事に関する訴訟事件」にも属さない。

(3)  そこで、本件が家事審判法一七条本文所定の「その他一般に家庭に関する事件」に該当するかどうかについて検討すると、同条にいう「家庭に関する事件」とは、一定の親族関係にある者の間の身分上の紛争ないし身分上の紛争と密接な関連を有する財産上の紛争をいうものであり、全くの第三者間の紛争を含まないと解するべきである。

しかるに、本件は、子、子の親権者、子の父方祖母を当事者とするものであるから、形式的には、一定の親族関係にある者の間の紛争ということができる。ただ、本件では、申立人が親権者である以上、相手方に対して、法律上、子を監護する権限を認めるべき余地がないので、その意味で、相手方が全くの第三者と同視すべきであるとの見解も十分に成立可能であるし、そのような見解を前提にすると、本件では、人身保護法による救済請求その他の民事訴訟上の解決のみが唯一可能な選択肢であるということにならざるを得ない。

しかし、本件の紛争の実態を見ると、実質的には、夫婦間の離婚に伴う子の監護者の指定に類似する事件類型に属し、かつ、相手方は、子と同居する祖母であるから、もし申立人が死亡その他の事由により親権者たる地位を失う場合には後見人に選任されて名実共に事件本人の監護者となるべき立場にある者であると認められる。

また、本件を調停事件として扱う場合、当事者双方の家庭環境の調査や事件本人の意思の確認等が必要となるが、そのためには、家庭裁判所調査官による調査が最も適切な手段であると考えられる。反対に、本件を民事調停事件として扱う場合、家事調停事件として扱う場合に比較して紛争解決のために採り得る手段がかなり限定されてしまい、決して当事者の利益にならないし、訴訟経済にも反する。

(4)  以上を考慮すると、本件は、これを家事審判法一七条所定の「家庭に関する事件」として扱うべきであると判断する。したがって、本件につき、家事審判法二四条一項所定の調停に代わる審判をすることが可能である。

二(事実関係の認定)

本件に関する家庭裁判所調査官の調査結果その他本件記録上の各資料及び本件関係者からの事情聴取の結果によれば、次のとおりの各事実が認められる。

(1)  亡甲野太郎は、昭和四八年四月一九日、乙野D子と婚姻届出をなし、同人との間に長女E子(昭和五一年六月七日生)をもうけたが、昭和五三年三月一七日、長女E子の親権者を母である乙野D子と定めて協議離婚届出をした。

その後、亡甲野太郎は、昭和五四年三月二八日、申立人と婚姻届出をなし、同人との間に事件本人(昭和五六年二月一二日生)をもうけた。

(2)  申立人は、亡甲野太郎との婚姻届出に先立つ昭和五四年三月五日に挙式をなし、亡甲野太郎方(相手方住所地)において実質的な夫婦生活に入った。

申立人夫婦の家庭には、ホタテ貝やホヤ等の養殖業を営む亡甲野太郎、同人の実父である亡甲野一郎(胃がんにより平成元年二月一九日に死亡)、亡甲野太郎の実母である相手方及び事件本人が同居していた(なお、婚姻当初は、亡甲野太郎の実妹F子も同居していたが、同人は、昭和五四年五月一一日、丙野二郎と婚姻し、転居した。)。

しかし、亡甲野太郎は、平成三年九月二二日、胃がんにより死亡した。

(3)  申立人は、亡甲野太郎との婚姻後、同人の養殖業の手伝いをしたり、畑仕事の手伝いをしたりしていたが、亡甲野太郎の弟妹らとの折り合いが悪く、畑仕事の最中等にも亡甲野太郎の弟妹らから苛められるといった被害感情を持つことが少なくなかった。また、相手方にはやや気丈なところがあるため、申立人は、日々、抑圧感を持ちながら暮らしていた。

ところが、亡甲野太郎が死亡した際、申立人は、相手方から、「太郎が死んだのは、申立人が自動車の運転をすることができなかったので、太郎に負担がかかったからだ」と言って責められた。

加えて、亡甲野太郎及び亡甲野一郎が存命中は、同人らが申立人をかばい、相手方や親族らとの間に入ってくれていたのが、亡甲野太郎らが死亡した後は、申立人は、相手方ら亡甲野太郎の弟妹らと直接に対応せざるを得ない一方でどこにも感情のはけ口がないような孤立した状況になり、相手方らから苛められているという被害感情をますます強めるようになった。

その結果、申立人は、神経性胃炎に罹患し、平成四年四月二二日ころ、公立T病院でその旨の診断を受け、そのころから同年六月下旬ころまで、持病のヘルニアの治療のため同病院に入院し、その後、同年七月ころまで神経性胃炎の治療のため同病院に入院し、治療を受けた。

(4)  申立人は、同病院を退院後、相手方宅に帰宅するつもりでいた。しかし、担当医から、「戻ったら、また病気になる」旨を告げられ、相手方宅に帰宅することを断念し、申立人の実家に戻り、平成五年一月からはT町所在のアパートにおいて、実家からの援助を受けながら一人で生活している。

なお、申立人は、平成四年一一月二〇日以降、神経性胃炎の治療のため、I市所在のH内科胃腸科医院に通院している。そのため、申立人は、現在のところ無職である。

(5)  申立人は、その後、直接または申立人の実父や申立人代理人を通じて、事件本人を引き取って住所地で生活したい旨を相手方に申し入れ、また、事件本人に対し電話で「こっちに来るように」と伝えた。

しかし、相手方及びその親族らは、事件本人を手放すことを拒み、また、事件本人も自ら申立人の許へ出向こうとはしなかった。

そこで、申立人は、事件本人が中学を卒業する前に引き取りたいと考え、申立人代理人に委任したうえ、本件を申立てた。

(6)  事件本人は、申立人が実家に帰って以来、相手方に監護・養育されており、相手方の国民健康保険の被保険者となっている。

事件本人は、現在、中学一年生であり、出生以来、ずっと近隣の友人らと同じ学校に進学し通学してきたし、中学校での生活にも馴染み、特にクラブ活動等を楽しみにしているため、中学校での友人らと別れることには強い抵抗感がある。また、事件本人は、申立人の実家が相手方宅よりも古い建物であり、申立人居住地が田舎であると考えているため、現在の生活のほうが良いと考えている。このため、事件本人は、申立人に引き取られることによる転居及び転校にはかなり強く拒否的な気持ちを持っており、逆に、申立人が相手方宅へ戻ればすべてが解決すると考えている。

(7)  相手方は、少なくとも主観的には、事件本人を強制的に束縛しているつもりは全くない。

ただ、相手方が現実に事件本人を監護しているのである以上、事件本人を手放したくないという気持ちは強く、事件本人に対して、申立人が実家に帰ったことについては申立人に非があると思わせるような言動をなし、申立人と相手方とが面接することにもかなり消極的である。

相手方は、基本的には、申立人が亡甲野太郎の「嫁」であるから、申立人が相手方宅に戻って家業である養殖業と農業を引継ぎ、相手方及び事件本人と一緒に生活してゆけばそれで良いのだと考えている。

なお、相手方は、養殖による漁獲収入等月額約二〇万円程度の収入がある。相手方の年令は、満七〇歳であり、若干高血圧の傾向があるが、健康であり、事件本人の監護上支障となることはない。

三(本件に対する判断)

以上認定した事実関係を踏まえ、当裁判所は、本件調停事件の調停委員会を構成する家事調停委員の各意見を聴取し、本件を担当した家庭裁判所調査官の所見を踏まえ、本件に関する一切の事情を考慮したうえ、次のとおりに判断する。

(1)  まず、本件のような事案においては、親権の実質的確保という親の権利の保障も当然尊重されるべきであるが、しかし、親権の保障を貫くことによって子の生活環境に急激な変化が生じ、その結果、かえって子の福祉が害されるおそれがある場合、あるいは、子が親権者に対して敵対的な感情等を抱き、子の成育にとり適当ではない状況が生ずるおそれがある場合等には、客観的な見地から、子の福祉の確保を最優先にして子の引渡しの当否の判断をなすべきである。

ところで、本件では、申立人は、母親としての自然な気持ちに基づくところが大きいのではあるが、自らの孤独とそれに起因する神経性胃炎の解消のため、事件本人の引渡しを求めている部分が少なからず窺われる。これに対し、事件本人は、相手方の強制により拘束された状態にあるわけではなく、自由意思により相手方の事実上の監護の下にあるものと認められる。実際問題として、事件本人の年令等からすると二四時間を通じて事件本人を監視し、拘束することは不可能である。また、事件本人は、物理的な拘束から自力で脱出するだけの十分な判断力と自分の意思で自由に居住地を選択し行動するだけの能力を具備していることが認められる。

そして、何らかの強制的手段により、事件本人を相手方宅での生活環境から引き離して申立人の手に渡したとしても、事件本人がそのことを納得することは決してなく、かえって、思春期を迎えている事件本人の精神的発育上及び申立人と事件本人との間の健全な親子関係の形成上、とりかえしのつかない大きな傷を残すおそれが大きい。仮にそのような強制的な子の引き取り(事実上の奪取の場合を含む。)がなされたとしても、たとえ申立人の心の痛みが癒されることはあっても、事件本人に対して与えられる満足は少なく、事件本人に対し癒し難い悲しみや憎しみと禍根を残すことになり、親子の間に埋めることのできない亀裂をもたらす危険性がかなりあるのである。

したがって、事件本人の心情等を度外視してでも法による強制によって事件本人の引渡しを求める趣旨である限り、申立人の本件子の引渡の申立ては、当を得ないものであるといわざるを得ない。

(2)  しかし、事件本人が任意に申立人と面接し、親子の対話を通じて、事件本人に対して自然な状態での理解と納得を与え、事件本人の自由意思により事件本人が申立人の許へ行くことができるような環境を育むことは可能であるし、また、望ましいことでもあると思われる。

ところで、事件本人の実情を見ると、相手方が、事件本人に対して、申立人が実家に帰ったことについては申立人に非があると思わせるような言動をなし、申立人と相手方とが面接し難いような心理状態を造ろうとする傾向があることは否定できない。

反面、申立人は、現時点では事件本人が自由意思により相手方宅に居住していることや生活環境の変化を望んでいないことを理解しようとせず、専ら相手方の強制によるものと信じて疑わない。そのことが申立人の病状をますます悪化させる要因となっていることは否定できないであろうと思われる。しかし、申立人は、現実の状況を正しく認識する必要があり、その現実認識を踏まえて、粘り強く事件本人や相手方らと対応し、人間関係を形成してゆく必要がある。

そこで、何の不安もなく完全な自由意思の下に、特に相手方らの立ち会いもなく、申立人と事件本人とが面接することを保障し、あるいは、逆に、事件本人が現時点では事件本人の自由意思により申立人方への転居を拒んでいることを申立人に十分に納得してもらうための機会の確保を保障する必要がある。

(3)  そこで、当裁判所は、相手方に対し、事件本人が自由意思により申立人と面接しようとする場合(申立人方への宿泊等を含む。)には、申立人と事件本人との面接等を妨害し、あるいは、その面接等をしにくい状況にし、あるいは、事件本人に対して申立人と面接しないように働きかけをすることを禁止する命令を発する必要があり、かつ、その限度での法的命令にとどめるのが相当であると判断する。

第三結論

以上のとおりであるので、本件調停申立ての趣旨に反しない限度で、本件調停委員会を構成する各家事調停委員の意見を聴取したうえ、家事審判法二四条一項により、主文のとおりに審判する。

(家事審判官夏井高人)

別紙申立ての理由

(1) 申立人は、昭和五四年三月二八日甲野太郎と婚姻し、昭和五六年二月一二日事件本人が出生した。相手方は、甲野太郎の実母であり、申立人らは、婚姻後、住所地に同居していた。

(2) 申立人の夫である甲野太郎は、平成三年六月二〇日入院し、同年六月二三日胃がんと診断され、同年九月二二日死亡した。

(3) 甲野太郎の葬儀後、申立人は、相手方及び相手方の子(甲野太郎の兄弟)から、毎日のように馬鹿者とののしられ、平成三年一〇月五日ころには、印鑑、年金証書など一切を取り上げられてしまった。申立人は、相手方らによる度重なる迫害により、ついに体調に異常をきたし、平成四年四月二二日出血性胃炎と診断されて入院し、事件本人を相手方のもとに置いたまま、約三ヶ月間入院生活を続けたが、再発をおそれ退院後も実家で通院静養を続けた。

(4) 申立人は、平成四年八月から一〇月にかけて事件本人と会わせてくれるよう要求したが、相手方は、「事件本人は、『申立人と会いたくない、申立人の実家には行かない』と言っている」旨を答え、引渡しを拒絶して今日に及んでいる。

よって、申立人は、相手方に対し、事件本人の引渡しを求める。

以上

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